動画 ドラマ「朱山の里」        (2015.11.10更新)

「秋鬼」                   ドラマドラマ「朱山の里」001動画 (2015.11.10更新)

ドラマ「秋鬼」台本

ナレーション=青色
銀尾(ぎんお)=緑色
背茶(せなちゃ)=茶色
秋鬼=赤


秋鬼・・・・・・始まりのお話

秋鬼は秋に住む鬼
色づく山に現れる
色づく山しかおらぬ鬼
とても気の良い一つ角(つの)
蓑笠(みのかさ)まとった笑い顔
にっこり笑顔で現れて
秋の味覚を馳走する
馳走されたら礼を忘るな
さすれば怖いことはない
礼儀正しい秋鬼は
礼を欠いたら牙を剥く
礼を欠かねば済む事なれば
皆秋鬼を好いている


「じゃぁ兄さま、秋鬼は怖くないの?」

おはなしをしてくれた兄狐を見上げ、
子狐は甘えた声で
小首を傾げた。

囲炉裏の火がはぜて
ぱちぱちと音のする中
秋の夜長は
しんしんと更けていく。

「そう。だから、もし背茶(せなちゃ)が
 秋鬼にご馳走されたら、
 にっこり笑って「ありがとう」っていうんだよ。
 そうしたら秋鬼はそれはそれは嬉しそうに笑って
 山へ駆けて行くから。
 もしかすると、またご馳走してくれるかもしれない」

子狐の兄、銀尾(ぎんお)はそう言うと、
眠り砂をかけられたのか、しきりに瞬きする弟の尻尾を撫でた。

「背茶、そろそろお休み。
 子供はもう、夢の里を探す時間だ」

白い毛並みの中、
背中から尾にかけて一筋、
茶色の毛並みをもつ背茶の尻尾は、
眠たげに柔らかくふくらんでいる。
しかし、未だ好奇心が冷めないようで
どうしても寝床ヘは行き難いようだった。

「兄さま、兄さま、もう少しお話して。
 背(せな)はまだ眠くなんかないです」

そう言いながらも、既に頭は
ゆらゆらと眠たげに揺れている。

きっともう半時もせずに寝てしまうだろう。
ならば、それまで話をしてやるのも
悪くない。
柔らかく乾いた土壁を見上げて、
銀尾はそう考えた。

「では、私が出会った秋鬼の話を聞くかい?」

銀尾がそう言うと、背茶の顔に
ふぅわりと笑みがひろがった

 

「兄さま、秋鬼に会ったことがあるの?」

「あるとも」
そう答えた銀尾は、うなずいた。
ことりと膝に預けられた弟狐の
小(ちいぃ)さな頭をなでながら

静かに…ゆっくりと話を始めた

「あれは私がまだ、お前くらいの子狐だったころの話だ」

 

 

~……それは秋の話。
秋は実りの季節。
山々は美しく色づき
その腕にまばゆいばかりの実りを抱(いだ)く。

山に住む者は、その富に感謝をし、
次に待ち受ける厳しい季節を越えるための
準備を始める。

幼い銀尾も親を手伝い、冬の間の蓄えを作るべく
野山を散策する日々を送っていた。

ある日のこと。
銀尾はアケビがたわわに実っているとカケスから聞き、
その話をたよりに
一度も行ったことのない 深山(みやま)の奥深くまで
足をのばしていた。


初めて訪れる谷には、噂どおりに
沢山のアケビが実っており、
銀尾の背負子(しょいこ)は、見る間に
薄紫のアケビで一杯になった。

一息ついて辺りを見回した銀尾は、
近くの岩場にイワタケが生えているのを
見つけた。

「イワタケだ! すごいな、こんなに沢山!」

イワタケとは岩に生える黒っぽいキノコのことだ。
父の好物であったが、
なかなか採れる所が無いと
以前父から聞いたことがある。

「あそこなら・・・・・・僕にも採れるかな」

なかなか見つからないものならば、
持ち帰ったらそれは喜ぶに違いない。
そう考えた銀尾は、イワタケ採りに没頭した。

 

「父さま、イワタケが本当に好きだもんね」

「イワタケと猿酒があれば何も要らないというのが口癖だからね」

弟狐の楽しげな声に、銀尾はクスリと笑った。

「兄さまのお土産、父さまそれは喜ばれたでしょう?」

「まぁ、もう少し、おとなしく聞いておいで」

弟の頭をなでると、銀尾は話を続けた。

 

背負子は既にアケビで一杯だったので、
銀尾は、腰の袋一杯にイワタケを採って行こうと
考えていた。
岩肌にへばりつくように生えているイワタケを、
型崩れしないように丁寧にむしりとる。
綺麗に採れたイワタケに満足し、
銀尾はにっこりと微笑んだ。

「父さま、喜んでくれるかな。
 残ったら切株で干しておけばいいし・・・・・・」

そうすれば、冬の間もこの珍味に舌鼓を打つことができる。
銀尾はひっそりとそう思った。

「あ、あれも大きいな」

「よいっしょ・・・っ」

「あそこにも、大きいのがある」

不思議なことに、旨(ウマ)そうなイワタケは、
いつも銀尾の手が届くより少し先にあった。

もう少し、もう少し。

夢中になってイワタケを採っていた銀尾は、
袋が中程まで一杯になった頃に、ようやく顔を上げた。

「ふう、沢山採れたなぁ」

袋の中のイワタケを覗いて微笑み、
さて、そろそろ帰ろうかと顔を上げる。

「あれ、ここは・・・・・・(?)」

そこで初めて、自分がどこまで来ているのか
分からなくなっている事に気が付いた。

辺りは既に、薄墨を流したかのように黄昏はじめており、
すぐに夜闇(よるやみ)が押し込めるであろう事は
容易に推し量ることができた。

 

「兄さま、迷ったの?」

「そう。あの時は…どうにも道がわからなくなってしまってね。
 あんな心細い思いをしたことはなかったから
 不安でたまらなかった」

銀尾は、目を細めてささやき、
再び、話を続けた。

 

途方に暮れた銀尾は、その場にしゃがみこんだ。
この闇の中では間違いなく、家まで帰れそうもない。
幸い食べる物はあるから良いが、
どうやらこの辺りで一晩過ごさねばならないようだ。

小さい銀尾はせめて木陰で休もうと
そろそろと岩の上を移動し始めた。

と、次の瞬間。

ズルリ!と足が滑り
銀尾は岩の上から谷間へ滑り落ちた。

「あっ・・・うわーっ!!(少し遠くに)」バサバサバサ!ドサッ!

銀尾が落ちた谷間は急な斜面になっていた。
高くこそ無かったものの、この岩肌ばかりの谷からは
そう簡単には出られそうにない。
抜けだそうと手をかけてみたが、
登る手掛かりはなく、
ならば、と跳んでみても駄目だった。
怪我がないことは幸いだが、それ故に谷から出られない心細さが募る。

「おーい」オーイ・・・オーイ・・・・・・オーイ・・・・・・

「誰かー!」誰かー・・・だれかー・・・・・・だ・かー・・・・・・」

大声で助けを求めてみても、返って来るのはこだまばかり。
銀尾は、近くに見つけた岩肌のくぼみに座り込んだ。
これで雨をしのぐことはできるが
一体どうすれば家に帰れるだろう。
力なく耳を下げ、銀尾は目を潤ませた。

とろりと流れだした闇の中、
銀尾はとうとうすすり泣き始めた。
一人きりの不安が、幼い心には重すぎたのだ。

「かえりたいよぅ・・・・・・」

「とうさまぁ、かあさまぁ・・・・・・」

「(しゃくりあげるような泣き声)」

夜の静寂の中に聞こえるのは、
岩にこだまする子狐の鳴き声一つだけ。
火を焚く事もできず、秋の夜の冷え込みが
身体も心も冷やしていく。
ふるふると震えながら、丸(まぁる)くなって泣いている。
そんな時だった。

「秋鬼の馳走じゃ」

何処からともなく声が聞こえた。
聞きなれないその声に、銀尾は耳を立てて体を硬くした。
キョロキョロと辺りを見回した、その視線の先、
不意に幾つもの光がぼうっと灯り、
その中に、笠と蓑(みの)をつけた鬼が現れた。
顔も姿も丸い中、笠からはみ出た三角の角。
何とも言えない呆けたような顔をしたこの鬼のことを、
銀尾は知っているような気がした。

「あきおに……」

母の話に出てきた秋鬼にそっくりだったのだ。

「かあさまの言ってた、秋鬼だ」

銀尾は何度も秋鬼の話を聞いたことがあったが、
実際に会ったのはこれが初めてだった。
秋鬼は掌に葡萄を盛った盆を捧げ持ち
腰には何やら良い匂いのする徳利を下げていた。

「秋鬼の馳走じゃ。食いなんせ」

今だ少し濡れている瞳を見開いたままの銀尾に、
秋鬼はそう繰り返し、手に持った盆を差し出した。
瞬きした途端、ポロリと零れた涙を拭い、
銀尾はこわごわ手を伸ばした。

「あ、ありがとう」

盆を受け取った銀尾が恐る恐る礼を言うと
秋鬼はそれは嬉しそうに微笑んだ。
そして、…
「秋鬼の馳走じゃ」
ともう一度繰り返して
下げていた徳利も銀尾に渡し、
ふわふわと暖かい赤や黄色のおぼろげな光を連れて
そのまま闇の中にポンポンと飛んで姿を消した。

 

そこまで話すと、銀尾は、
横になって聞いていた背茶を見下ろした。

うつらうつらしていた背茶の目は、もうほとんど閉じており、
それでいて、話を止めれば耳が催促するかのように
ゆらゆらと揺れるのだ。

銀尾はくすと笑った。

そして殊更(ことさら)穏やかな優しい声で、
話の先を続けた。

「・・・・・・結局その日、私は秋鬼にふるまわれた葡萄と
 果実酒を胃の腑に収めて眠りについた。
 不思議ともう怖いとは思わなかったよ。
 秋鬼のくれた酒は良い夢をもたらしてくれたしね。
 次の日の朝、私は探しに来た両親に助けられた。
 カケスから、アケビの採れる谷の話を私にしたことを聞いたらしい。
 叱られはしたものの、イワタケを喜んでもらえてとても嬉しかった。
 秋鬼のくれた盆と徳利は、不思議なことに次の日の朝には消えていたよ」

少し身じろぎした背茶をそっと撫で、
恐らくもう聞いていないであろう弟に向かい、
銀尾は優しく言葉を重ねた。

「その時から私は、秋鬼というのは、山の神の化身じゃないかと思っているんだ。
 できたらお前も会えたら良いと思っているのだが・・・・・・
 もう寝たかな・・・・・・」

いつの間にやら耳も伏せ、すやすやと寝息をたてていた
弟の体を抱き上げ、
銀尾はゆっくりと布団の上に寝かせた。
少しむにゃむにゃと動いたものの、背茶はそのまま更に深い眠りへと
落ちて行ったようだった。

「お休み。いつかお前にも幸せな出会いがあるように」

銀尾は眠る弟をそっとなでると、そのまま部屋を出て行った。
後には穏やかな寝息を立てる可愛らしい寝顔が残り、
遠くでは虫の音が優しく、子守唄のように奏でられていた。


しんしんとふける秋の闇は、
色づく山を押し包み、
皆を柔らかな眠りへ誘う。
お休みなさい、小さな子狐。
お日様もきっと待ってくれるよ。
沢山沢山眠ったら、
いつかお兄さんよりも大きくなれる。
お休みなさい、続きは明日。
夢の数だけ大人になれるよ。